
なかなか面白い場所だった。
引越は面白い。5年に1回ぐらいはやると良い刺激になる。

なかなか面白い場所だった。
引越は面白い。5年に1回ぐらいはやると良い刺激になる。
美食の宝庫台湾にきて、私は松屋に入った。
運ばれてきた牛めしは、日本と全く同じ味がした。
海外に出て痛感するのは、日本の食の「異常な強さ」だ。
松屋、吉野家、すき家の牛丼御三家に、モス、丸亀製麺、サイゼリヤ。
これらが世界中で「日本と同じクオリティ」で君臨している。
これこそが、真の日本の強みではないか。
日本からジョブズが生まれない?なぜ日本がIT立国になれると思ったのか。
未だに「ネ申エクセル」が行政を支配し、キーボードより印鑑を愛する国が、デジタルで世界の頂点に立てるわけがないだろう。
日本の本領は、そこじゃない。「食」だ。
米の炊き方に命をかけ、水の硬度にこだわり、安さとサービスを極限まで突き詰める。
この「異常なこだわり」は、もはや他の追随を許さない。
勝つために必要なのは「変態度」だ。日本人は食に対して、国民全員が「変態」の域に達している。
アニメも漫画も、その根底にあるのはクリエイターの狂気的な変態性だ。
かつて強かったゲーム産業が勢いを失ったのは、企業が肥大化し、そんな「変態」を評価しなくなったからではないか。
オタクだってそうだ。昔のオタクはもっと純粋で、もっと変態だった。
今のオタクは変態ではなくなった。だからオタク発の社会現象が起きなくなった。
「Kawaii文化」の住人はバリバリの変態だ。だから世界を侵食し続けている。
残念ながら、私は変態ではない。
だからこれからも、この国が生み出す愛すべき「変態たち」のおこぼれを享受しながら生きていきたいと思う。
今回はかなり時間に余裕を持ったので、これから家具などをしっかり選定していく。
それは生活の見直しでもある。これまで惰性で使っていたもの、残しておいたものを取捨選択する。
意識高く言えば「丁寧な暮らし」だ。
今まで良くも悪くも雑に暮らしてきた。雑にも良い点がいろいろあるが、それが許されるのは若いときだけだ。
人生も折り返したであろう私が、雑を続けるには時間が足りない。なにもかもを整理しなくてはならない。
今までなぜそれをしなかったかといえば、整理するにはテンポラリスペースが必要だからだ。物理的にも時間的にも。
これらを意識的に用意するのはなかなか難しい。結構な金がかかるから。
しかしいつか投資しなければいけない。多分今回の引っ越しはそういうタイミングなのだろう。
今まで、引っ越しは私に新しいチャンスを与えてくれた。今回も楽しみである。
選挙だ。
立憲民主党と公明党が合併して「中道改革連合」という新政党ができた。
私はこの新政党は大敗すると予想している。
理由は政策とか支持層とかはあまり関係ない。単純に、新しい名前が浸透するのはとんでもなく時間がかかるからだ。
カトキチがテーブルマークに、カネボウがクラシエに。新名称が浸透するまでには一年では済まなかっただろう。そして今でも旧名と新名で同じ会社だということを知らない人も多いだろう。
仕事柄、企業が新規性を見せたいと今まで親しまれていたものを変えようとするのをよく見るが、ほぼ失敗する。そして戻す。
公明党は、おそらく名前を元に戻すだろう。立憲民主はさらに新しい党名掲げ混迷を極めると予想している。
先日地元同人仲間の飲み会があった。
そこで話したことが「そろそろ沖縄の同人の歴史をまとめないとまずい」ということ。
みなそれなりに歳をとり、記憶も曖昧になってきた。
私も自分のサークルの初作品を間違えて記憶していた。ちゃん記録しておかないと、まずいというのは身をもってわかっている。
かつて日記サイトやブログの時代の記録はサービス終了でほぼ消えて決まった。特に多くの人が利用していたジオシティーズが無くなったのは大打撃である。
まずは自分のサークルから、少しずつまとめなくては。
先日AIについての講演会に行った。
講演者は東大の先生だけあって、著作権とかビジネスがとかありきたりではない、より根源的で非常に良い内容だった。
ざっくりどんな内容だったかをひとことで言うと
人間に得意なことなどない
ということ。
いままで人間が得意とされていた創造性とか直感力とかも全くAIには勝てないと言うことだ。
じゃあ人間は何をすればいいのか?
そこが今後重要。
人間の苦手なことはなにも欠点とは限らない。苦手でありながらそれをやり続けることに人間が価値を見出すのだ。
こうぺんちゃん的な「生きててえらい!」が割と素で重要になりそう。