現在のAIにも苦手なことがある。それが画像の透過だ。透過とは、背景を透明に処理して、後ろが見えるようにすることだ。
「透過して」と言うと、透過画像によくあるグレーと白の市松模様を背景に描いて「透過しました」と言いやがるのである。
で、「できてないよ」と言っても何度も失敗する。無駄なトークンを消費する。
この程度の作業、自分でやればいいのだが、無料のアプリを使ってみたら、これが非常に勝手が悪くてうまくできなかった。だからといって、透過だけのためにフォトショップを使いたくない。やつはすでにクビにしてある。再雇用はしたくない。
それではどうすればいいか? AIでそれ専用のアプリを作ればいいのである。 というわけで、今は正確に透過処理をするアプリをAIで制作中である。
ここまでやってみると、自分がこれまでにどれだけの知識を身に付けてきたかがわかる。ハード、OS、アプリケーション、画像、音声、処理方法など。
知っているからこそ、AIに仕事を具体的に伝えることができる。これはAIに限らず、人に仕事を依頼するときも同じだ。 ゲーム制作も同じで、こうした知識がなければ作れない。
つまり、ツールがそろっていても「誰でも作れる」とはならないのだ。
過去にも、ボーカロイドの台頭やDTMの充実によって「誰でも作曲できる」などと言われた。しかし、全くそんなことにはなっていない。
それこそ、漫画や小説を考えてみたらいい。あれは紙とペンさえあればいい。道具だけなら、ずっと前から誰でもそろっていたのだ。しかし、皆が作れるわけではない。
結局、AIという究極のツールが登場したとしても、使う人間の能力がなければ何も作れないのだ。
なのに「作れる」と勘違いさせてしまうのが、AIの大きな罪だ。
飲食店やデパートの広告やポスターが炎上しているのは、そのせいだ。生成AIは絵を作り出せる。だが、それを掲載していいものかどうかは、AIには判断できない。
デザイン会社の仕事はデザインではない。審美眼による判断だ。その判断によって、デザインというアウトプットを出しているに過ぎない。
ここを理解できていないと、「アウトプットがAIで出せるならデザイン会社に頼まなくていい」と勘違いする。それがまさに素人考えだ。
その浅はかな考え、センスがないことの無自覚、または扇子があると勘違いすることによって、ありえない謎カレーや謎かき氷のポスターを作って炎上することになる。
逆にセンスがあれば、何もかも一人でできてしまうのが、AIのもう一つの怖さだ。
これまで器用貧乏と言われてきたような人、つまりさまざまなことをちょっとずつ理解している人が、ゼネラリストとしてとんでもなく伸びるだろう。
ちなみに自分で言うのもナンだが、私は器用貧乏だ。
「貧乏」返上は近い。