自分の子どもを「愚息」と書く人。実際にそうは思ってないと思うけど、それを子が見たら間違いなく嫌だし、親に対して不信感を持つことだろう。
こうした「愚妻」とか身内を落とす表現や「つまらないものですが」的な謙遜はもう時代に合わない。
ビジネス用語でもそうしたものは多い。
個人的には「恐縮」「恐れ入ります」みたいな言葉に違和感がある。
当然ながらそれは恐れてはいない。ただ、漢字という表意文字だと”恐”という文字があるだけで正直なんか嫌である。私は使いたくない。
なぜこうした表現が生まれるのか。理由の一つに、日本語は短すぎるとバランスが悪く感じる、という特性があると思う。例えば「防犯」は犯罪を防ぐことである。しかし「防犯」だけでは何だか足りない。だから「対策」をつけたくなってしまう。謙遜表現も同じで、「ありがとうございます」だけでは足りず、「恐れ入ります」を足したくなるのだ。
そしてこれは本当に「謙遜」なのだろうか?実際には、短い文章だとちゃんと書いてないように思われそう、という意識があるのではないか。相手を敬っているのではなく、自分の体裁を整えているだけかもしれない。
そうした日本語のバグのせいで余計な言葉をつけてしまう傾向がある。
しかし、もうやめてもいいのではないか?すぐに全部とは言わない。ちょっとずつ、そうした無意味な「謙遜」「相手への配慮」を減らすだけで、お互いにグッと日々が楽になる。
特に日本は今後さらに海外へ進出して行かなければ生きていけない。この悪い「謙遜」「配慮」のメンタリティは間違いなくマイナスに働く。
小さなことだが、私自身はそれを進めていこうと思う。