来兎の研究室跡地にして雑文置き

作曲家、来兎の雑記です

あえて日本のチェーン店に行く

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台湾にいるのに日本のチェーン店に行ってしまうのです。程よく日本であり、そして少し違う。

台湾と日本でのコーヒーの違い。一番は量です。

と言いますか、台湾は何を頼んでも飲み物の量が多い。レギュラーで日本のラージという感じ。

外で飲み物持ってる人をよく見かけるのですが、みんな容器がでかいです。

コメダ珈琲店にも行きました。

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コメダはコーヒーの量日本と変わらない?


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台湾でも豆付いてました。

あと、スタバ(これはアメリカだけど)行ったり、小樽珈琲という名前は北海道っぽいけどどうも台湾にしかないっぽいカフェに行ったり。

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小樽珈琲。

 

そんな感じで過ごしております。

台湾はとにかく炒飯が美味い

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 今日も台北ゲームショウを視察。そして近所の食堂へ。

 Googleマップで検索すればサクッと安くて美味い店が見つかってしまう。そして炒飯を食す。

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 美味い。

 台湾の炒飯は安定して美味い。日本のように「炒飯を頼んだがなんか違う」ということが今のところ一度もない。これだけで台湾に来て良かったと思う。

 台北は密度感も良い。 過密だけど東京ほど過密じゃないから、地下鉄や食べ物屋が辛くない。

 とても良いところです。

台湾に来ました

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台北ゲームショウ視察のため、6年ぶりに台湾に来ました。

異国の地は良い刺激になります。どんなにネットが発達しようとも、リアルの情報量にはかなわないですから。

とか言いつつ台北で最初に行った店はマクドナルド。アイスコーヒーは日本より高いです。日本円で250円ぐらい。

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どこの国に行ってもあまり変わらないサービスというのは、それはそれで余計なストレスがないので助かります。

テルチェックインして、落ち着いたら良さげな炒飯屋とか探します。

事務員はいなくなる

最近、紙のデータをAIでエクセルに変換してまとめています。1年前なら数日かかっていた作業が、今はAIのおかげで1時間もかからないなんてことがザラにあります。

昨日、求人は多いが事務職希望者は余っている、という記事を見ました。それを読んで「そりゃそうだよな」と思ったわけです。


今のAIの進化のスピードを見ていると、事務作業という仕事は来年には3割、再来年には5割削減される――そんな予想を立てても、大袈裟ではないと感じます。もう人間には単純作業はほとんど残されていない、と言っても過言ではないかも。


では、「人間にしかできないこと」はなにか。

私が思うに、確認作業(=責任を取ること)や、愛嬌を振り撒くことが、今後は特に重宝されるのではないかと思います。これらの仕事ってある意味、とても「人間的」です。


ただし、これらはリスキリングで簡単に習得できるようなものではありません。学び直しで身につくスキルではなく、個人の資質や経験、あるいは人間らしさそのものが問われる仕事です。

そう考えると、なかなか厳しい時代に突入しているなと思います。

ネスプレッソマシンを買いました

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久しぶりにネスプレッソ復活させたいなと思い、新しいネスプレッソマシン買いました。

ネスプレッソというのは、ネスレエスプレッソマシンです。エスプレッソは従来のマシンでは粉のセットも掃除も面倒ですが、ネスプレッソなら専用のカプセルをセットするだけでクオリティの高いコーヒーが飲めます。

 

飲んでみるとやっぱり美味しい。

初めてネスプレッソマシンを買ったのは20年くらい前。当時はカプセルひとつ50円くらいだったけど、今は100円近くします。高いっちゃ高いけど、メンテナンスすごく楽だし、お店で飲むよりは当然安い。

天気のいい日はバルコニーで仕事しつつ飲むのがいい感じだろうなと楽しみです。

「偉い人」という幻想が支配者を作る

今、フジテレビで起きている問題。これは日テレの「セクシー田中さん」問題と根っこが同じだと思っています。

ポイントは、会社の上層部が「支配者側」という意識を持っていることです。この「支配者側」は単に役職に基づくものではなく、上層部に近い人、あるいは上層部に利益を提供できる人もその一部に含まれます。だから、脚本家であっても上層部と相互に利益を与え合える関係であれば、その「支配者側」に立てるわけです。原作者を軽視するような発言が出るのも、こうした構造が背景にあるのだろうと思います。

 

「支配者」であることを証明するには、支配される側にストレスを与え、それを周囲に見せつける必要があります。一番手っ取り早く力を誇示する方法は、法を犯すような行為で相手を服従させることです。これは、服従させる側にとっての「支配の儀式」みたいなものかもしれません。

しかし、誰かに「見せつける」以上、情報を完全に外に漏らさないことはできません。たとえ秘密裏に処理しようとするつもりだった人たちも、状況が反転すれば暴露する人が現れるでしょう。

 

本来、仕事における「上下関係」は単なる「役割分担」に過ぎないはずです。そこに「偉い」「偉くない」という価値観は不要です。しかし現実では、役職を持つ人の多くが「自分は偉い」と思い込み、使われる側もそれを認めてしまっています。この構図が支配者を生み出す土壌になっています。

悪い支配者を生み出さないためには、「偉い人」という幻想を捨てること、そして小さな服従をやめることが重要です。「嫌だけどお金のため」と言いながら従うのは、支配者の愚行を認める共犯行為です。

結局のところ、「皆が偉いと思う幻想」が悪い支配者を作り出しているのです。共犯者にならないためにも、「役割」として関係を捉え、支配的な行動に対しては断固として拒否することが必要です。