美食の宝庫台湾にきて、私は松屋に入った。
運ばれてきた牛めしは、日本と全く同じ味がした。
海外に出て痛感するのは、日本の食の「異常な強さ」だ。
松屋、吉野家、すき家の牛丼御三家に、モス、丸亀製麺、サイゼリヤ。
これらが世界中で「日本と同じクオリティ」で君臨している。
これこそが、真の日本の強みではないか。
日本からジョブズが生まれない?なぜ日本がIT立国になれると思ったのか。
未だに「ネ申エクセル」が行政を支配し、キーボードより印鑑を愛する国が、デジタルで世界の頂点に立てるわけがないだろう。
日本の本領は、そこじゃない。「食」だ。
米の炊き方に命をかけ、水の硬度にこだわり、安さとサービスを極限まで突き詰める。
この「異常なこだわり」は、もはや他の追随を許さない。
勝つために必要なのは「変態度」だ。日本人は食に対して、国民全員が「変態」の域に達している。
アニメも漫画も、その根底にあるのはクリエイターの狂気的な変態性だ。
かつて強かったゲーム産業が勢いを失ったのは、企業が肥大化し、そんな「変態」を評価しなくなったからではないか。
オタクだってそうだ。昔のオタクはもっと純粋で、もっと変態だった。
今のオタクは変態ではなくなった。だからオタク発の社会現象が起きなくなった。
「Kawaii文化」の住人はバリバリの変態だ。だから世界を侵食し続けている。
残念ながら、私は変態ではない。
だからこれからも、この国が生み出す愛すべき「変態たち」のおこぼれを享受しながら生きていきたいと思う。