来兎の研究室跡地

作曲家、来兎の雑記です

もはや「誇り」しかないのです

東京オリンピックが終わりました。

盛り上がったようで、驚くほど閑古鳥だった東京オリンピックグッズのショップにも人が結構いました。

さて、ここからです。東京オリンピックの問題、そしてそれに覆われて隠れた問題を追求していく時間です。盛り上がったし良かったねーではすまされません。

せやろがいおじさんが「スポーツウォッシング」という言葉を使っていました。スポーツの清らかさで政治の汚れを隠すことです。これまではごまかせたんでしょうけど、安倍政権以降の失政、犯罪はさすがにスポーツで落とせないでしょう。

SNS東京オリンピックを肯定する人たちがみな口々に「誇り」というのが印象的です。もはや、「誇り」しかオリンピックを肯定する要素がないのです。国民を犠牲にした中身のない誇りとやらが、ただただ虚しい。

落ちるところまで落ちたのか、それともここが底なのか。しっかり見極めたいところです。