来兎の研究室跡地

作曲家、来兎の雑記です

ビジョンを更新しない利己的な大人のせいで、国が滅ぶわけです



https://toyokeizai.net/articles/-/283662
Twitterで見かけた記事から。

このグラフでは「教師との関係」「いじめ」「部活動」「決まりや校則」「家庭」となっていますが、「教師との関係」「いじめ」「部活動」「決まりや校則」の4つは結局のところ「教師」と「学校」の問題です。学校に行かないのは懸命な選択でしょう。

私が学生時代からすでに義務教育は機能不全だと思っていますし、それから30年ほど経ってますけど結局根本はその頃と変わってないんですよね。

勉強自体は学校に行かなくてもできる時代。学校の存在価値として「しつけ」や「社会勉強の場」がよく挙げられますが、実質機能してないと私は思っています。
特に「先輩」「後輩」という学校特有の関係性は、マンガやアニメなどコンテンツ的には面白いですが、現実としては「年功序列の基礎」のようなもので、その概念は社会人になっても引きずられるのは大きな問題。
私は「先輩」「後輩」の概念は排除すべきと考えます。人間は年下年上関係なく、誠実に接するべきなのです。

その点において、一番の問題は先生。先生が生徒を下に見ていることです。ひとりひとりを価値ある人間として取り扱わない。その体質はいじめで自殺者がでたときの教育委員会の対応で如実にわかります。

なにかで「急激な変化は混乱をもたらすから、教育の変化は慎重」というのを読んだのですが、実際のところは変わりたくない言い訳に過ぎないことは四半世紀以上変わらなかったことで明らかです。

そして、変わらない要因は思想にある。「教育」「国家」「家族」それら日本の古い思想から変えていかないことには、ひいては世界から取り残され、没落していくことでしょう。それはすでに始まっていますし、すでに成長率に現れてるわけです。