来兎の研究室跡地

作曲家、来兎の雑記です

「懐メロ」が怖い

先日タクシーに乗ったとき運転手さんが「ラジオかけてもいいですか?」と聞いてきた。私が「いいですよ」と答えると運転手さんは「今懐メロをかける番組やってるんです」と言ってチューニングを合わせた。

運転手さんがかかっている曲を懐かしいと言いつつ曲の説明をしてきたのだけど、私の生まれる前の曲でよく知らない。「お客さんももう少し歳をとると懐メロ好きになるよ」と言われた。

そうだろうか?

運転手さんの聴いていた懐メロは、たしかに運転手さんにとっての「懐かしいメロディ」だろう。しかし、私の生まれる前の曲なんだから、私はそれを「古い曲だな」とは思うが懐かしいとは思わない。そこになんの思い出も付随しない。

人それぞれに、思い出の「懐かしいメロディ」 はあると思う。だけど、一般的な「懐メロ」は1960〜70年代、広くとっても80年代リリースの曲。音楽というものはだいたい10代に聴いた音楽が一番好きであり、それを考えれば、それを聴く年代は決まっている。

つまり、若者が歳をとったら懐メロといわれる60〜80年代の曲が好きになるということはない。仮に好きになったとしてもそれは「懐かしいから」ではなく、純粋な楽曲の良さ故だろう。

そんなことを考えていたせいなのか、昼ごはんを食べに入った喫茶店のBGMが有線の懐メロチャンネルだった。食べ終わったあと家に帰る途中に横を通った居酒屋のBGMも懐メロだった。
同じ日、ひと仕事したあと散歩に出るといつも通る商店街の中で聞こえる音楽も懐メロ。 商店街を抜けたあとに見かけた焼き鳥屋のBGMも懐メロ。

ここまで来ると怖くなる。皆過去を生きているのか?もう人生は10。20の頃聴いた音楽を反芻するだけなのか?懐メロは忘れた頃に聴くから懐かしいのではないのか?

こうも巷に溢れる懐メロに「懐かしい」とは違う別の意図を感じる。

正直、今は懐メロは聴きたくない。