来兎の研究室跡地

作曲家、来兎の雑記です

作品と作者の思想と行動の切り分けは、できない。

作品と作者の思想は基本的には切り離せないものです。ですが、小説の内容が殺人を賛美する登場人物が居ても作者が殺人を肯定してるわけではないように、作者が小説で描いたことが作者の思想、嗜好であるというわけではありません。

特にフィクションなら、「作者は戦争の小説ばかり書いてるから戦争肯定だ」なんてことにはならないでしょう。

しかし、歌の場合はどうでしょう?

その歌詞はあくまで架空の世界で、歌手の思想とは関係ないと言い切れるでしょうか?作詞家が書いた歌詞を、歌手が共感も納得もしないけど仕事だから歌っている。それをおおっぴらにすることはない。けど、リスナーは歌手と歌詞を重ね合わせることは自然なことでしょう。

仕事として歌うにしても、そのイメージを背負うということは理解しておく必要があります。

 

シンガーソングライターならばなおさら自分で歌詞を書き歌うのですから、そのイメージの呪縛からは逃れられません。

差別や抑圧への異を唱える歌を歌いながら、自分は差別する側の肩を持つということを「それはそれ、これはこれ」と切り分けて考えられるわけがありません。

私自身も、CM音楽を作る仕事をしていますが、この商材のCMはやらないでおこうというものがあります。これは、私の作曲家としての矜持です。(今のところその商材の仕事の依頼はありませんが)

 

1ファンとしては、過去に悪さをしたととか、差別主義者とか、偏った思想とかはむしろかまいませんしそれで作品を嫌いになるということはないです。(もちろん私が悪行や差別を肯定してるわけではありません)しかし、都合の悪いスタンスであることをわかっていてそれを誤魔化し逃れようとする態度だけは許せないというか一貫性のなさに冷めてしまうなと思うのです。